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被害者意識にさようなら! [被害者意識とは]
被害者意識ってわかりにくいのは無意識だからです。いつの間にかそれが自分の一部になり、習慣化しているともはや手放すものだという意識もなくなります。何かを変えたくて、いろいろ試して行動しているのに改善されないことがあったとしたら、成長を阻んでいるものは「被害者意識」かもしれません。
被害者意識はいろんな形で自身に影響します。
たとえば心に「孤独」があれば、これからも孤独を引き寄せます。ある事柄に出会ったとき、またはある映像を見たとき、みんな同じ景色を見ているのに、あなたの内にある「孤独」はその景色の中から、それは上手に「孤独」を見つけ出すでしょう。心に在る関心ごとが、今のあなたを作るのです。あなたは、心が見たい現実を見ているのです。
人が信じられななくなる経験をして、自分や人に対して常に「不信感」を持っていれば、仕事仲間や友達、初対面の人に対してでさえも不信感を持って接することになるでしょう。不信感を持って相手に接すれば、相手のどのような行為も快くは映りません。相手も、あなたの行動を見て、あなたに対して不信感を抱くでしょう。相手はあなたの鏡なのです。あなた自身が無意識で「不信感を持つ人」を演じています。
また、誰もが持ち得る「怖さ」や「恐れ」は、その感情そのものが現実を変えてしまいます。お金に対する怖さ、人に対する恐れ、変化に対する恐怖など、どのような行為や言葉にもこの感情は張り付け可能です。生きることで自ずと起こる自然な流れを受け入れないという意識は、自らのあるべき成長を止めることになり、そのギャップはほかの誰でもなく自分を苦しめることになります。
これらの意識は、愚痴、嫉妬、苦情になって出てきます。言葉になれば、またどんどん同じものを引き寄せることになります。もはや自身の言動や思考をコントロールしているのは「被害者意識」です。この意識は、目の前にある景色やチャンスをそのままの姿で見せてくれません。
もしも、今生きてる現実や社会が、かつて自分が思い描いていたようなものではなく(「こんなはずじゃないのに!」)、また手放したい過去を持っていることに気づいているなら、最初に「私はネガティブな記憶を手放す」と言ってみてください。私たちみんなに選択する自由があります、惰性で選択する権利を手放してはいけません。「幸せ」をカウントして、今ある幸せの多さに気づいてください。泣けるほど笑って数えてみてください!悲しみを数えていては希望は生まれません。数人で集まって幸せカウント作業を行えば、そこからきっと何かが生まれます。目の前にある事象も、過去も、何もかも、善悪をつけるのは自分の心です。善悪の基準は育ちや経験によって異なります。だから、あえて自分が幸せと感じるものから自由にカウントを始めてください。
幸せの数を数え始めてみると、敢えて苦しみや悲しみを作ろうとは思いません。不要な記憶や感情を手放せば手放すほど、与えられた貴重な命に深く気づくことができ、今この一瞬に輝きを感じるようになります。その一瞬に対する感謝が拡大することで、被害者意識の根源が消えてなくなるのです。過去の自分をぬぐい去り、今を生きる準備が整うときが来るのです。
昨今は社会、経済、自然環境の変化めまぐるしい世の中だと思います。氷河期に突入したころも、大陸が移動した時代も、産業革命の時も、世界大戦があった頃の世も、いつでも地球は大きな課題に直面しているように思います。今、目の前で起っている現象は善悪なく在り続けるだけです。その世界を、苦しみに満ちあふれている世界ととらえるか、愛と輝きにあふれている世界ととらえるかは、自分の心次第です。
世界が愛と輝きにあふれていると考え行動している人たちは、苦しみと悲しみの世界を知っている人です。苦しみの世界には戻らないでしょう。苦しみと悲しみの世界を手放す宣言をして、愛と輝きを手にしたのですから。
現実は、今創られます。どんな小さな考え方、意思、行動も、あなたを形成する大事な要素です。
もしも、今の自分が過去にとらわれていると感じるならば、被害者意識を手放してみてください。手放すという意識を持つことで必ず生きやすくなります。過去を浄化した後には、真の輝く人生が必ず待っています。
今年は、被害者意識にさよならしてみませんか![[かわいい]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/148.gif)
被害者意識はいろんな形で自身に影響します。
たとえば心に「孤独」があれば、これからも孤独を引き寄せます。ある事柄に出会ったとき、またはある映像を見たとき、みんな同じ景色を見ているのに、あなたの内にある「孤独」はその景色の中から、それは上手に「孤独」を見つけ出すでしょう。心に在る関心ごとが、今のあなたを作るのです。あなたは、心が見たい現実を見ているのです。
人が信じられななくなる経験をして、自分や人に対して常に「不信感」を持っていれば、仕事仲間や友達、初対面の人に対してでさえも不信感を持って接することになるでしょう。不信感を持って相手に接すれば、相手のどのような行為も快くは映りません。相手も、あなたの行動を見て、あなたに対して不信感を抱くでしょう。相手はあなたの鏡なのです。あなた自身が無意識で「不信感を持つ人」を演じています。
また、誰もが持ち得る「怖さ」や「恐れ」は、その感情そのものが現実を変えてしまいます。お金に対する怖さ、人に対する恐れ、変化に対する恐怖など、どのような行為や言葉にもこの感情は張り付け可能です。生きることで自ずと起こる自然な流れを受け入れないという意識は、自らのあるべき成長を止めることになり、そのギャップはほかの誰でもなく自分を苦しめることになります。
これらの意識は、愚痴、嫉妬、苦情になって出てきます。言葉になれば、またどんどん同じものを引き寄せることになります。もはや自身の言動や思考をコントロールしているのは「被害者意識」です。この意識は、目の前にある景色やチャンスをそのままの姿で見せてくれません。
もしも、今生きてる現実や社会が、かつて自分が思い描いていたようなものではなく(「こんなはずじゃないのに!」)、また手放したい過去を持っていることに気づいているなら、最初に「私はネガティブな記憶を手放す」と言ってみてください。私たちみんなに選択する自由があります、惰性で選択する権利を手放してはいけません。「幸せ」をカウントして、今ある幸せの多さに気づいてください。泣けるほど笑って数えてみてください!悲しみを数えていては希望は生まれません。数人で集まって幸せカウント作業を行えば、そこからきっと何かが生まれます。目の前にある事象も、過去も、何もかも、善悪をつけるのは自分の心です。善悪の基準は育ちや経験によって異なります。だから、あえて自分が幸せと感じるものから自由にカウントを始めてください。
幸せの数を数え始めてみると、敢えて苦しみや悲しみを作ろうとは思いません。不要な記憶や感情を手放せば手放すほど、与えられた貴重な命に深く気づくことができ、今この一瞬に輝きを感じるようになります。その一瞬に対する感謝が拡大することで、被害者意識の根源が消えてなくなるのです。過去の自分をぬぐい去り、今を生きる準備が整うときが来るのです。
昨今は社会、経済、自然環境の変化めまぐるしい世の中だと思います。氷河期に突入したころも、大陸が移動した時代も、産業革命の時も、世界大戦があった頃の世も、いつでも地球は大きな課題に直面しているように思います。今、目の前で起っている現象は善悪なく在り続けるだけです。その世界を、苦しみに満ちあふれている世界ととらえるか、愛と輝きにあふれている世界ととらえるかは、自分の心次第です。
世界が愛と輝きにあふれていると考え行動している人たちは、苦しみと悲しみの世界を知っている人です。苦しみの世界には戻らないでしょう。苦しみと悲しみの世界を手放す宣言をして、愛と輝きを手にしたのですから。
現実は、今創られます。どんな小さな考え方、意思、行動も、あなたを形成する大事な要素です。
もしも、今の自分が過去にとらわれていると感じるならば、被害者意識を手放してみてください。手放すという意識を持つことで必ず生きやすくなります。過去を浄化した後には、真の輝く人生が必ず待っています。
今年は、被害者意識にさよならしてみませんか
被害者意識ってなに? [被害者意識とは]
人生って本当に深い。簡単な人生はどこにも存在しない。誰もが、その人だけに与えられた経験を通して、学んでいくのが人生なのだと思います。なにが起こってもそれが人生。回り道も、ショートカットもありません。そういうことを日常的に感じるこの頃です。
忘れたい過去や、思い出すのもいやな過去を持っている方、もしかするといらっしゃるかもしれません。人生には回り道もショートカットもないのですが、過去を蓄積しすぎて未処理な状態が続くと、自分の進化を止めることがわかりました、経験上ですが。過去の感情は、今を生きる上では必要なものではありません。
私の場合は、両親の離婚で家族と離れたことで、心に空虚感が生まれました。こういう種類の「孤独」は、どこへ逃げよう(行こう)が、人に囲まれていようが、ずっと続きます。「孤独」は単に一人の状態ではなく、家族がいたとしても、または周囲に数百万もの人がいても、またその人たちがあなたを尊敬していたとしても、無意識でも(←これ重要です)自分が外との心のつながりを断っていれば、「孤独」なのです。(そういう孤独なリーダー、実は多いように思います。)
急激に孤独感を感じるのに加え、当時は、家を「奪われ」、お寺を「奪われ」、家族を「奪われ」、幸せを「奪われ」、信仰が「奪われ」、過去も未来も「奪われた」と、奪われ三昧の悲劇のヒロイン状態でした。この一連の経験が、自分自身を「犠牲者」にしてしまうのです。これが「被害者意識」と呼ばれるものです。
誰かが「私から奪った」・・・いえ、奪っていません。それは起こるべくして起こったのです。見える範囲でこの状況を自ら招いた可能性も、見えないカルマで招いたものかも含め、因果応報です。私が家族が「大好き」で執着しすぎたことで、そこから抜け出すことができなかっただけです。さまざまなことをあらゆる経験で学ぶのでしょうが、私も確実に学んでいきました。
その時、意思はありました。そして形のない未来。未来を描く気持ちが「希望」だと思うのですが、私にとっての希望は、将来を考え中学生として勉強することでした。人生が掛かっていると感じると人ってかなりのパワーを発揮するものです。私は「孤独」が育ててくれたパワー、行動力、共感する心に感謝しています。しかし、私はそこからもまたさらに「支援がない」壁を作りあげていきました。人は私を助けてくれない、私はひとりで「やらされる」という新たな「被害者意識」を築いたのです。被害者意識は態度、言語、姿勢、言動によりさらに被害者意識を引き寄せ、困ったことにどんどん大きくなります。(この無意識の壁は、次第に「腰痛」として表面化します。)
ところで先に言いますが、私は瞑想を行って被害者意識を手放しました。
過去の楽しくて幸せな記憶が鮮明に残っているのに、何らかの理由でそれが「奪われた」と感じているならば、それは習慣がつくった過去の記憶に ネガティブな感情がくっついたもの に囚われているからです。家族、恋人、仲間、学校・・・どんな経験も記憶+感情として蓄積されます。過去はもう存在しないのに、「記憶に感情がくっついた状態」で自分内部に記録されます。
過去の記憶+ネガティブな感情=幻想にとらわれることをやめ、心を開く準備をして、人と積極的にかかわることができさえすれば、幸せな時間はすぐに戻ってくるはずです。幸せは、目線を変えればそこらじゅうにあるのですから。ただ、見ないのは自分です。見る準備もない、幸せを得る勇気がない、相談する相手がいない、過去から抜け出す方法を知らない。いろいろな理由があって動けません。この状態を放置して被害者意識を飼い続けると、それが勝手に増殖を続けて、いつの間にか自分の進化を止めるのです。
よく考えてみると、「被害者になる」ことを選んでいるのは誰でもなく、自分です。誰かがあなたを「一人ぼっち」にする原因をつくったかもしれません。その方を責めたければ責めていいと思います。だけど、どうして自分が一人ぼっちになったのでしょう?きっと大切な何かに気づくためです。そして、責めた後にあなた自身がとれる行動は何でしょう?
それは、準備ができたときに、「被害者意識を積極的に手放す決意をする」ことです。
→長いので次に続きます
忘れたい過去や、思い出すのもいやな過去を持っている方、もしかするといらっしゃるかもしれません。人生には回り道もショートカットもないのですが、過去を蓄積しすぎて未処理な状態が続くと、自分の進化を止めることがわかりました、経験上ですが。過去の感情は、今を生きる上では必要なものではありません。
私の場合は、両親の離婚で家族と離れたことで、心に空虚感が生まれました。こういう種類の「孤独」は、どこへ逃げよう(行こう)が、人に囲まれていようが、ずっと続きます。「孤独」は単に一人の状態ではなく、家族がいたとしても、または周囲に数百万もの人がいても、またその人たちがあなたを尊敬していたとしても、無意識でも(←これ重要です)自分が外との心のつながりを断っていれば、「孤独」なのです。(そういう孤独なリーダー、実は多いように思います。)
急激に孤独感を感じるのに加え、当時は、家を「奪われ」、お寺を「奪われ」、家族を「奪われ」、幸せを「奪われ」、信仰が「奪われ」、過去も未来も「奪われた」と、奪われ三昧の悲劇のヒロイン状態でした。この一連の経験が、自分自身を「犠牲者」にしてしまうのです。これが「被害者意識」と呼ばれるものです。
誰かが「私から奪った」・・・いえ、奪っていません。それは起こるべくして起こったのです。見える範囲でこの状況を自ら招いた可能性も、見えないカルマで招いたものかも含め、因果応報です。私が家族が「大好き」で執着しすぎたことで、そこから抜け出すことができなかっただけです。さまざまなことをあらゆる経験で学ぶのでしょうが、私も確実に学んでいきました。
その時、意思はありました。そして形のない未来。未来を描く気持ちが「希望」だと思うのですが、私にとっての希望は、将来を考え中学生として勉強することでした。人生が掛かっていると感じると人ってかなりのパワーを発揮するものです。私は「孤独」が育ててくれたパワー、行動力、共感する心に感謝しています。しかし、私はそこからもまたさらに「支援がない」壁を作りあげていきました。人は私を助けてくれない、私はひとりで「やらされる」という新たな「被害者意識」を築いたのです。被害者意識は態度、言語、姿勢、言動によりさらに被害者意識を引き寄せ、困ったことにどんどん大きくなります。(この無意識の壁は、次第に「腰痛」として表面化します。)
ところで先に言いますが、私は瞑想を行って被害者意識を手放しました。
過去の楽しくて幸せな記憶が鮮明に残っているのに、何らかの理由でそれが「奪われた」と感じているならば、それは習慣がつくった過去の記憶に ネガティブな感情がくっついたもの に囚われているからです。家族、恋人、仲間、学校・・・どんな経験も記憶+感情として蓄積されます。過去はもう存在しないのに、「記憶に感情がくっついた状態」で自分内部に記録されます。
過去の記憶+ネガティブな感情=幻想にとらわれることをやめ、心を開く準備をして、人と積極的にかかわることができさえすれば、幸せな時間はすぐに戻ってくるはずです。幸せは、目線を変えればそこらじゅうにあるのですから。ただ、見ないのは自分です。見る準備もない、幸せを得る勇気がない、相談する相手がいない、過去から抜け出す方法を知らない。いろいろな理由があって動けません。この状態を放置して被害者意識を飼い続けると、それが勝手に増殖を続けて、いつの間にか自分の進化を止めるのです。
よく考えてみると、「被害者になる」ことを選んでいるのは誰でもなく、自分です。誰かがあなたを「一人ぼっち」にする原因をつくったかもしれません。その方を責めたければ責めていいと思います。だけど、どうして自分が一人ぼっちになったのでしょう?きっと大切な何かに気づくためです。そして、責めた後にあなた自身がとれる行動は何でしょう?
それは、準備ができたときに、「被害者意識を積極的に手放す決意をする」ことです。
→長いので次に続きます
抱負の考え方 鍵はMagicとLogic [ポール・デスーザのWha-Dho (わどう)哲学]
昨年1月、オハイオ州のポールと志野さんが来日し、新宿で行ったWha-Dho(わどう)ワークショップ。「今」を生きるための知恵、お金や人間関係についてをポールがレクチャーし、それぞれが自問自答したワークショップだったと思います。早いものでもう一年。まだ一年・・・?あの日が一年以上も前に感じられる方がほとんどかもしれませんね。
昨年の年末に、参加者の数人からフィードバックをいただきました。仕事をやめられた方、恋人ができた方、結婚された方、妊娠された方、子育てを終え再就職をされた方、お仕事でご活躍された方、新しい資格を取られた方など、それぞれに変化があったと報告をいただきました。どれも前向きで明るく、悲観的で後ろ向きな言葉づかいではなかったことが印象的でした。
さて、ワークショップでも話題になり、それぞれが持ち帰る宿題となった、『MagicとLogic』を覚えていますか?
私の去年の抱負(ここ数年は漢字一文字にしていますが)は、「誠」だったのですが、ワークショップを経て、この「誠」の文字の右下に、英語で~boost~という文字を斜めに加えました。
「誠」は心の声に忠実に、誠実に生きていくという気持で決めたのですが、静的な印象がありました。それを自分の頭と力で持ち上げなければ現実にはならないように感じたので、さらに一文字加えることになったわけです。2011年が終わってみたら、まさにそのとおりだったと思います![[るんるん]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/146.gif)
1月は新年があけた月でもありますが、メディスン・ホイール(ニューメキシコ州ワークショップを参照)でいうところの「内省の時期」、日の出を待つ夜。次に蕾が花開く春、つまり「再生」「誕生」に向けて、原案が練られて原型が生まれるときです。いろいろな意味で今は、自分の生き方を新たにしたり、生活や仕事の計画やビジョンを描くすばらしい機会です。
ここで、もう一度『MagicとLogic』について考えてみたいと思います。
当然のことなのですが、誰もが自然の流れの中で生かされています。
太陽がのぼり、月が巡り、海は満ち引きます。
女性は月の満ち欠けとともに28日を過ごしますし、
日々、時間と年を重ねているのも自然の流れです。
自然が作り出す時間の変化や四季の上に、私たちは生かされています。
この外側と胎内の自然の流れに逆らわうことなく、調和のある生き方をする人は幸せを得ているように感じます。
この「自然の流れ」がキーです。
目標やゴールは、自分の内にある心、または愛を感じる場所に選択権を与えてください。
この愛は、より大きな愛であり、家族や同じ人類を想う愛です。
愛ある心から聴こえる声は、自らにとっても心地よい声であり、
そして周りにも幸せそして善を運んでくるものだと思います。
その目標やゴールは、あなたがこれまで行ってきたこと、経験してきたこと、考えてきたこと、すべてが統合した上でのものとなるでしょう。これがMagic、すなわちあなたの心の持つ、あなただけの奇跡です。
心の声を聴くためには、静寂が必要です。瞑想の方法はいつもブログに書いていますので、ぜひ浄化の瞑想からはじめてみてください。
さあ、このMagic を感じられたら、次は頭を使って戦略を練る時です。漠然と得た感情やビジョンを達成するために Logic を働かせて、戦略を組み、それを達成するためのプランを立てるのです。
哲学、医学、エンターテイナー、ビジネス、どのような成功者も、心のマジックを常に確かめ、それを叶えるために、頭を使い、文明の利器を使い、人を使い、よく考え--しかし同時に物質やゴールの何に執着することなく--日々行動を繰り返してその魔法を実現されています。ガンジーやダライ・ラマ法王はもちろん、ビル・ゲイツ、稲盛和夫会長、ヒラリー・クリントン、スティーブ・ジョブス、オプラ・ウィンフリー、スティング、マドンナ、リチャード・ギア、ジェシカ・アルバ、マイケル・ジャクソン、ハル・ベリー、、挙げればきりがありませんが、あなたの尊敬する方もそうではないでしょうか?想いを叶えるその姿は神がかっています。
自然に MagicとLogic を融合させてリーダーをされている方は別として、Logic を先に考えてしまうだいたいの結果は、心の置き去り状態です。人を飛行機とするならば、心は体の操縦士。この心が制御しなければ、機体(からだ)全体は動きません。自分自身が何をしたいのか、どう生きたいのか、それを確かめたとき、本当に意味のある人生を歩めるのだと思います。
その前に、やはり必要なのが浄化の瞑想。あふれかえる情報や過去から癒着した感情など、手放せるものは手放してみましょう。心が本当に必要なもの、心に戻るべきものはちゃんと戻ってきます。ただ、この一度手放す作業を行えば、今後の人生で真に必要な情報や持つべき感情が何かもわかります。それもMagicです。
どうぞ、心・体・そして精神を統合して抱負を考えてみてくださいね。あなたが本来持っている輝く生命力は、この三位統合をした時にさらに力を発揮します![[ぴかぴか(新しい)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/150.gif)
昨年の年末に、参加者の数人からフィードバックをいただきました。仕事をやめられた方、恋人ができた方、結婚された方、妊娠された方、子育てを終え再就職をされた方、お仕事でご活躍された方、新しい資格を取られた方など、それぞれに変化があったと報告をいただきました。どれも前向きで明るく、悲観的で後ろ向きな言葉づかいではなかったことが印象的でした。
さて、ワークショップでも話題になり、それぞれが持ち帰る宿題となった、『MagicとLogic』を覚えていますか?
私の去年の抱負(ここ数年は漢字一文字にしていますが)は、「誠」だったのですが、ワークショップを経て、この「誠」の文字の右下に、英語で~boost~という文字を斜めに加えました。
「誠」は心の声に忠実に、誠実に生きていくという気持で決めたのですが、静的な印象がありました。それを自分の頭と力で持ち上げなければ現実にはならないように感じたので、さらに一文字加えることになったわけです。2011年が終わってみたら、まさにそのとおりだったと思います
1月は新年があけた月でもありますが、メディスン・ホイール(ニューメキシコ州ワークショップを参照)でいうところの「内省の時期」、日の出を待つ夜。次に蕾が花開く春、つまり「再生」「誕生」に向けて、原案が練られて原型が生まれるときです。いろいろな意味で今は、自分の生き方を新たにしたり、生活や仕事の計画やビジョンを描くすばらしい機会です。
ここで、もう一度『MagicとLogic』について考えてみたいと思います。
当然のことなのですが、誰もが自然の流れの中で生かされています。
太陽がのぼり、月が巡り、海は満ち引きます。
女性は月の満ち欠けとともに28日を過ごしますし、
日々、時間と年を重ねているのも自然の流れです。
自然が作り出す時間の変化や四季の上に、私たちは生かされています。
この外側と胎内の自然の流れに逆らわうことなく、調和のある生き方をする人は幸せを得ているように感じます。
この「自然の流れ」がキーです。
目標やゴールは、自分の内にある心、または愛を感じる場所に選択権を与えてください。
この愛は、より大きな愛であり、家族や同じ人類を想う愛です。
愛ある心から聴こえる声は、自らにとっても心地よい声であり、
そして周りにも幸せそして善を運んでくるものだと思います。
その目標やゴールは、あなたがこれまで行ってきたこと、経験してきたこと、考えてきたこと、すべてが統合した上でのものとなるでしょう。これがMagic、すなわちあなたの心の持つ、あなただけの奇跡です。
心の声を聴くためには、静寂が必要です。瞑想の方法はいつもブログに書いていますので、ぜひ浄化の瞑想からはじめてみてください。
さあ、このMagic を感じられたら、次は頭を使って戦略を練る時です。漠然と得た感情やビジョンを達成するために Logic を働かせて、戦略を組み、それを達成するためのプランを立てるのです。
哲学、医学、エンターテイナー、ビジネス、どのような成功者も、心のマジックを常に確かめ、それを叶えるために、頭を使い、文明の利器を使い、人を使い、よく考え--しかし同時に物質やゴールの何に執着することなく--日々行動を繰り返してその魔法を実現されています。ガンジーやダライ・ラマ法王はもちろん、ビル・ゲイツ、稲盛和夫会長、ヒラリー・クリントン、スティーブ・ジョブス、オプラ・ウィンフリー、スティング、マドンナ、リチャード・ギア、ジェシカ・アルバ、マイケル・ジャクソン、ハル・ベリー、、挙げればきりがありませんが、あなたの尊敬する方もそうではないでしょうか?想いを叶えるその姿は神がかっています。
自然に MagicとLogic を融合させてリーダーをされている方は別として、Logic を先に考えてしまうだいたいの結果は、心の置き去り状態です。人を飛行機とするならば、心は体の操縦士。この心が制御しなければ、機体(からだ)全体は動きません。自分自身が何をしたいのか、どう生きたいのか、それを確かめたとき、本当に意味のある人生を歩めるのだと思います。
その前に、やはり必要なのが浄化の瞑想。あふれかえる情報や過去から癒着した感情など、手放せるものは手放してみましょう。心が本当に必要なもの、心に戻るべきものはちゃんと戻ってきます。ただ、この一度手放す作業を行えば、今後の人生で真に必要な情報や持つべき感情が何かもわかります。それもMagicです。
どうぞ、心・体・そして精神を統合して抱負を考えてみてくださいね。あなたが本来持っている輝く生命力は、この三位統合をした時にさらに力を発揮します
2012年 新年のごあいさつ [ポール・デスーザのWha-Dho (わどう)哲学]
明けましておめでとうございます。
2012年のお正月は、いつもとは違う特別な思いで過ごされた方が多いのではと思います。
昨年は世界各地で自然界が強いメッセージを発し、私たち一人一人が「生きること」を考えさせられましたが、それを境に、科学の発展、電力、自然界、人間、そして生き方を改めて見直すようになったと思います。
誰もがそれぞれの変化を受け入れなくてはならない状況にあり、その中で助け合い、愛を与えて愛を受け取る心の輪が広がった一年だったと思います。いろんな意味で強烈な一年でした。
環境は常に変わりゆくものであり、
同じ瞬間は、二度とこない。
今という奇跡的な瞬間の有難さに気付きました。
いま目の前に在るものが一瞬で消えてしまうこと、
いま目の前に居る人が、いつまでもいないことも。
家族や仲間、支えてくれる人たち、支える人がいること、
そして自分一人で生きていないことも。
今まで以上に、心の大切さに気づきました。
今、どう考え、どう行動し、どう人や物事と関わるか、
「心」の在り方が生き方に直接影響することを体験で知りました。
一人の心ある行動で愛の輪が拡がり、
奇跡と呼べることも起こるのだと知りました。
その中で、他人事で傍観している人の存在にも気づき、
私たちそれぞれが、違う学びの場に生きていることにも気づかされました。
日本という国と人に提示されたこの大きな課題は、
誰かが収束してくれる課題ではなく、全体で向き合う課題であり、
また、それぞれが向き合う課題なのだと思います。
人が動物的に自然に持つ「欲」は健康的ですが、私利私欲や一部のいわゆるオイシイ利益だけを求めて何かが動く時、人の成長も、企業、経済や国の成長も止まると思います。これは善・悪関係ないことで、単に成長が止まるときは、考えるときなのだと思います。・・・だけど、長い歴史を見たとき、社会と人類全体の善を目指した企業や有志が繁栄しています。目先の個の利益のために繁栄するのではなく、地球全体の繁栄のために何かが動く時、宇宙は後押しをしてくれるのでしょう。幸せな人類が住む豊かな地球になるかは、まさに一人ひとりの心に掛かっているのだと思います。
=====
常々、人間として生かされている奇跡に感謝する一番の方法は、愛を感じることだと思っていますが、自分の心に「愛」の場所があれば、それが行動の原点となります。愛は、同じ人類同士を、互いに助け合わせます。相手を喜ばせるだけの甘い援助ではなく、真に援助する力があります。相手を慈しむことは、自分を慈しむことと同じでとても神聖な行いです。人間として生きている以上、助け合わずに生きるほうが難しいと思いますが・・・。
もちろん、常に変わる「今」にすべきことを全うし、変わりゆく自分や環境も柔軟に受け入れていくことも大事だと思います。
瞑想中の超越した真空の間(ま=魔とも呼ばれますが)に、多くのビジョンが嵐のように過ぎることもあれば、その一瞬で究極に癒されたという経験をされる方もいるでしょう。今生で経験していないリアルな経験がそこにあると、それが過去か未来かもわかりません。どれもが現実で、どれもが幻想。生きている間も、寝ている間も、瞑想している間も、どれもが幻想であり現実であるように感じます。
この中で実際に「現実」となるのは、「愛」を感じるものが行動により現実化したときだと思います。それは、愛のある会話、心と心の出会い、思いを込めた作業、希望あるプロジェクト、哲学のある仕事です。
きっと、みんな無意味な人生に興味がありません。
人生とは、どこかの一部分が幸せだから「幸せ」と呼べるものではありません。どの部分も切り離すことができない、必要な全体の一部です。自分の人生を意味づけるのは、今行っていることに対する心の姿勢と行動そのものであるように感じます。
今日も「人生最初の日、最後の日、そして最善の日」。
心の声が導く場所に向かって、愛をもって生きていきたいですね![[かわいい]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/148.gif)
それぞれに思い描いた輝かしい2012年をお祈りいたします
2012年のお正月は、いつもとは違う特別な思いで過ごされた方が多いのではと思います。
昨年は世界各地で自然界が強いメッセージを発し、私たち一人一人が「生きること」を考えさせられましたが、それを境に、科学の発展、電力、自然界、人間、そして生き方を改めて見直すようになったと思います。
誰もがそれぞれの変化を受け入れなくてはならない状況にあり、その中で助け合い、愛を与えて愛を受け取る心の輪が広がった一年だったと思います。いろんな意味で強烈な一年でした。
環境は常に変わりゆくものであり、
同じ瞬間は、二度とこない。
今という奇跡的な瞬間の有難さに気付きました。
いま目の前に在るものが一瞬で消えてしまうこと、
いま目の前に居る人が、いつまでもいないことも。
家族や仲間、支えてくれる人たち、支える人がいること、
そして自分一人で生きていないことも。
今まで以上に、心の大切さに気づきました。
今、どう考え、どう行動し、どう人や物事と関わるか、
「心」の在り方が生き方に直接影響することを体験で知りました。
一人の心ある行動で愛の輪が拡がり、
奇跡と呼べることも起こるのだと知りました。
その中で、他人事で傍観している人の存在にも気づき、
私たちそれぞれが、違う学びの場に生きていることにも気づかされました。
日本という国と人に提示されたこの大きな課題は、
誰かが収束してくれる課題ではなく、全体で向き合う課題であり、
また、それぞれが向き合う課題なのだと思います。
人が動物的に自然に持つ「欲」は健康的ですが、私利私欲や一部のいわゆるオイシイ利益だけを求めて何かが動く時、人の成長も、企業、経済や国の成長も止まると思います。これは善・悪関係ないことで、単に成長が止まるときは、考えるときなのだと思います。・・・だけど、長い歴史を見たとき、社会と人類全体の善を目指した企業や有志が繁栄しています。目先の個の利益のために繁栄するのではなく、地球全体の繁栄のために何かが動く時、宇宙は後押しをしてくれるのでしょう。幸せな人類が住む豊かな地球になるかは、まさに一人ひとりの心に掛かっているのだと思います。
=====
常々、人間として生かされている奇跡に感謝する一番の方法は、愛を感じることだと思っていますが、自分の心に「愛」の場所があれば、それが行動の原点となります。愛は、同じ人類同士を、互いに助け合わせます。相手を喜ばせるだけの甘い援助ではなく、真に援助する力があります。相手を慈しむことは、自分を慈しむことと同じでとても神聖な行いです。人間として生きている以上、助け合わずに生きるほうが難しいと思いますが・・・。
もちろん、常に変わる「今」にすべきことを全うし、変わりゆく自分や環境も柔軟に受け入れていくことも大事だと思います。
瞑想中の超越した真空の間(ま=魔とも呼ばれますが)に、多くのビジョンが嵐のように過ぎることもあれば、その一瞬で究極に癒されたという経験をされる方もいるでしょう。今生で経験していないリアルな経験がそこにあると、それが過去か未来かもわかりません。どれもが現実で、どれもが幻想。生きている間も、寝ている間も、瞑想している間も、どれもが幻想であり現実であるように感じます。
この中で実際に「現実」となるのは、「愛」を感じるものが行動により現実化したときだと思います。それは、愛のある会話、心と心の出会い、思いを込めた作業、希望あるプロジェクト、哲学のある仕事です。
きっと、みんな無意味な人生に興味がありません。
人生とは、どこかの一部分が幸せだから「幸せ」と呼べるものではありません。どの部分も切り離すことができない、必要な全体の一部です。自分の人生を意味づけるのは、今行っていることに対する心の姿勢と行動そのものであるように感じます。
今日も「人生最初の日、最後の日、そして最善の日」。
心の声が導く場所に向かって、愛をもって生きていきたいですね
それぞれに思い描いた輝かしい2012年をお祈りいたします
持続可能な社会が始まるところ [ポール・デスーザのWha-Dho (わどう)哲学]
「持続可能な社会」が謳われて久しいが、この言葉が出現してから、社会は持続可能な状態に近づいているだろうか?とふと思った。みんなの心にハテナが浮かんでいる。今も、世界中で持続可能な社会の達成が声高に叫ばれているし、自然界までが人間を強く揺さぶっている。
持続可能な社会は、単に企業や国家に任せておいて達成できるのだろうか?持続可能な社会は、一体どこから始まるのだろう?
今の社会の在り方は持続可能じゃないと思う。「エゴ」が暴走して生まれる競争社会や、科学の発展だけを求めたり、一部だけが恩恵を受けるような社会は、持続可能じゃない。エゴは誰もが持っているものであるけれど、それが団結してエゴ集団になると、一人の人生は容易に変わるし、社会や世界の情勢にまで影響していく。人間のエゴが動物や植物の上に立って支配すれば、地球全体の調和も崩れていくのはみんな知っている。
(ちなみにエゴは、情熱、想い、夢という内から湧き出てくる純粋な感情とは異なって、頭で得た知識や論理のみに基づく「欲」が誰かや何かを犠牲にして暴走している状態。と私は思っている。)
このエゴは、間違いなく一人の心からはじまる。どこかのお偉いさんだって、お隣さんだって、エゴを放っておけば暴走する。エゴが運転手になって人生を先導させておくと、自分自身や人生すらわからなくなる。
しかし、私が思うに、これも「地球学校」ですべての生徒に与えられる大きなテーマ。その詳細は、それぞれの人生によって違う。それぞれに違う課題が、生まれてくる時に全て準備(セット)される。どの家族のもとに生まれ、誰に育てられ、どういう環境が与えられ、途中にどのような試練が与えられるのか・・・。このテーマに向き合うことを通して、「生きる意味」がわかってくるようになっている。
自分に与えられた人生の中で、放っておけば蓄積されていくエゴを解き放ち、その奥深くに眠っている「心」が運転手になるとき、「本当の幸せ」が目の前に現れてくる。誰かと「競い合う幸せ」ではなくて。
だから、エゴに関する問題は、「人はなぜ生きるか」の答えにかなり近いものだと思っている。エゴを持つことは生きることでもあり、エゴを通して生きる意味を知ることになる。しかしエゴが「心」をコントロールしているうちは、生きることの本質は見えてこない。
このエゴを解き放つ方法は瞑想。
瞑想はエゴを自然と取り去ってくれる。仏教や禅、世界各地の先住民の間で言われるところの、「自然になる」、「ここに在る」状態に近づく最短方法でもある。この心の状態を日々維持して生きていくのは(情報や習慣にがんじがらめになっていればいるほど)数日ではできないけれど、瞑想を実践することで、エゴは確実に去っていく。
そして、生きることは愛することでもある。まず自分を愛することをはじめてみればいい。小さい頃愛されなかったからと言って、今から愛することを始められないわけではない。愛されたいと思うなら、まず自分から愛せばいい。自然(動物や植物)を慈しむことから始めて、自分を慈しむ方法を知るのもいいし、他者に手を差し伸べることで、自分にも手を差し伸べる方法を学べばいい。
慈しむことが難しければ、自分の内にある哀しくて苦しい感情を手放せばいい。愛したいのに、逆に憎んでしまうならば、その感情の根源を解き放てばいい。それは難しいように思えるけど、できるのです。その感情を無視し続けたり、無理に捨てようとすると、心が痛いし傷は深まる。そのような方法ではなくて、自然と浄化する方法で手放してあげればいい。
瞑想をすれば、エゴは解き放たれ、愛されるように・・・すなわち愛せるようになる。本物の愛を知る。
エゴと愛は深く関係している。
私たちは科学や社会の発展で確かに便利な社会を得たけれど、それでもなお、私たちは奇跡的な自然のサイクルにより生かされていることを忘れてはいけない。自然や人類全体が生かされていることにに感謝すれば、不思議なことにエゴは消滅しはじめる。利益のために、怒りのために、「今から戦いに行こう」とか、「いじめに行こう」なんて考えは出てこない。
社会に貢献したい、地球や人類を救いたい、人に役立つ仕事がしたいのなら、まず自分を受け入れて愛すことからはじめてみよう。
持続可能な社会の発展は、どこかの政府や団体がやってくれるものではなく、あなたの心から始まるのです。
持続可能な社会は、単に企業や国家に任せておいて達成できるのだろうか?持続可能な社会は、一体どこから始まるのだろう?
今の社会の在り方は持続可能じゃないと思う。「エゴ」が暴走して生まれる競争社会や、科学の発展だけを求めたり、一部だけが恩恵を受けるような社会は、持続可能じゃない。エゴは誰もが持っているものであるけれど、それが団結してエゴ集団になると、一人の人生は容易に変わるし、社会や世界の情勢にまで影響していく。人間のエゴが動物や植物の上に立って支配すれば、地球全体の調和も崩れていくのはみんな知っている。
(ちなみにエゴは、情熱、想い、夢という内から湧き出てくる純粋な感情とは異なって、頭で得た知識や論理のみに基づく「欲」が誰かや何かを犠牲にして暴走している状態。と私は思っている。)
このエゴは、間違いなく一人の心からはじまる。どこかのお偉いさんだって、お隣さんだって、エゴを放っておけば暴走する。エゴが運転手になって人生を先導させておくと、自分自身や人生すらわからなくなる。
しかし、私が思うに、これも「地球学校」ですべての生徒に与えられる大きなテーマ。その詳細は、それぞれの人生によって違う。それぞれに違う課題が、生まれてくる時に全て準備(セット)される。どの家族のもとに生まれ、誰に育てられ、どういう環境が与えられ、途中にどのような試練が与えられるのか・・・。このテーマに向き合うことを通して、「生きる意味」がわかってくるようになっている。
自分に与えられた人生の中で、放っておけば蓄積されていくエゴを解き放ち、その奥深くに眠っている「心」が運転手になるとき、「本当の幸せ」が目の前に現れてくる。誰かと「競い合う幸せ」ではなくて。
だから、エゴに関する問題は、「人はなぜ生きるか」の答えにかなり近いものだと思っている。エゴを持つことは生きることでもあり、エゴを通して生きる意味を知ることになる。しかしエゴが「心」をコントロールしているうちは、生きることの本質は見えてこない。
このエゴを解き放つ方法は瞑想。
瞑想はエゴを自然と取り去ってくれる。仏教や禅、世界各地の先住民の間で言われるところの、「自然になる」、「ここに在る」状態に近づく最短方法でもある。この心の状態を日々維持して生きていくのは(情報や習慣にがんじがらめになっていればいるほど)数日ではできないけれど、瞑想を実践することで、エゴは確実に去っていく。
そして、生きることは愛することでもある。まず自分を愛することをはじめてみればいい。小さい頃愛されなかったからと言って、今から愛することを始められないわけではない。愛されたいと思うなら、まず自分から愛せばいい。自然(動物や植物)を慈しむことから始めて、自分を慈しむ方法を知るのもいいし、他者に手を差し伸べることで、自分にも手を差し伸べる方法を学べばいい。
慈しむことが難しければ、自分の内にある哀しくて苦しい感情を手放せばいい。愛したいのに、逆に憎んでしまうならば、その感情の根源を解き放てばいい。それは難しいように思えるけど、できるのです。その感情を無視し続けたり、無理に捨てようとすると、心が痛いし傷は深まる。そのような方法ではなくて、自然と浄化する方法で手放してあげればいい。
瞑想をすれば、エゴは解き放たれ、愛されるように・・・すなわち愛せるようになる。本物の愛を知る。
エゴと愛は深く関係している。
私たちは科学や社会の発展で確かに便利な社会を得たけれど、それでもなお、私たちは奇跡的な自然のサイクルにより生かされていることを忘れてはいけない。自然や人類全体が生かされていることにに感謝すれば、不思議なことにエゴは消滅しはじめる。利益のために、怒りのために、「今から戦いに行こう」とか、「いじめに行こう」なんて考えは出てこない。
社会に貢献したい、地球や人類を救いたい、人に役立つ仕事がしたいのなら、まず自分を受け入れて愛すことからはじめてみよう。
持続可能な社会の発展は、どこかの政府や団体がやってくれるものではなく、あなたの心から始まるのです。
コミットメントの気迫…The Power of Commitment! [詩・詞]
Spiritual Journey
それは自分自身にコミットするということ。
Commitment には、契約・誓い・約束という意味がある。
A社とB社の契約、という意味もあるが、一生の誓い・契りという意味が強い。
また、その中には「神との契約」というニュアンスが含まれるように思う。
これまで多くの知識人がCommitment の定義を行っているのだろうけれど、
私はこの解釈が一番しっくりくる。(スクロールダウンで和訳 ↓)
哲学者ゲーテの一文が引用された、登山家William H. Murray の言葉。
私が17歳の時、高校の恩師にいただいたが、その時
Commitment は気迫がある
と言われた。
この言葉は、その時、誰のために使われるのか・・・。
Until one is committed, there is hesitancy, the chance to draw back, always ineffectiveness.
Concerning all acts of initiative (and creation) there is one elementary truth, the ignorance of which kills countless ideas and splendid plans: that the moment one definitely commits oneself, then Providence moves too.
All sorts of things occur to help one that would never otherwise have occurred.
A whole stream of events issues from the decision, raising in one's favor all manner of unforeseen incidents and meetings and material assistance,
which no man could have dreamed would have come his way.
I have learned a deep respect for one of Goethe's couplets:
"Whatever you can do or dream you can, begin it.
Boldness has genius, power and magic in it."

写真はゲーテ
*の箇所は、キング牧師の言葉に似たものがあるように感じる。
cf. マーティン・ルーサー・キング『すべての生命は内なる世界でつながっている』
http://awalatina.blog.so-net.ne.jp/2009-10-19
それは自分自身にコミットするということ。
Commitment には、契約・誓い・約束という意味がある。
A社とB社の契約、という意味もあるが、一生の誓い・契りという意味が強い。
また、その中には「神との契約」というニュアンスが含まれるように思う。
これまで多くの知識人がCommitment の定義を行っているのだろうけれど、
私はこの解釈が一番しっくりくる。(スクロールダウンで和訳 ↓)
哲学者ゲーテの一文が引用された、登山家William H. Murray の言葉。
私が17歳の時、高校の恩師にいただいたが、その時
Commitment は気迫がある
と言われた。
この言葉は、その時、誰のために使われるのか・・・。
【 COMMITMENT 】
Until one is committed, there is hesitancy, the chance to draw back, always ineffectiveness.
Concerning all acts of initiative (and creation) there is one elementary truth, the ignorance of which kills countless ideas and splendid plans: that the moment one definitely commits oneself, then Providence moves too.
All sorts of things occur to help one that would never otherwise have occurred.
A whole stream of events issues from the decision, raising in one's favor all manner of unforeseen incidents and meetings and material assistance,
which no man could have dreamed would have come his way.
I have learned a deep respect for one of Goethe's couplets:
"Whatever you can do or dream you can, begin it.
Boldness has genius, power and magic in it."
Quoted from the book "The Scottish Himalayan Expedition, 1951"
by William H. Murray ( 1913-1996 )
【契約】
ある人が覚悟を決める前には、躊躇がある。
それは、途中で手を引く可能性があり、効果がないということだ。
取り掛かるすべての行動(もしくは創造)に関して、ひとつの本質的な事実がある。
無知。それは無数のアイデアや輝かしい計画の息の根を止める。
人がある誓い(Commitment) をする瞬間、自然の摂理、つまり神の力も動く。
あらゆるものは、それが支えなければ存在しないはずのものを支えるために生じる。*
すべてのことは決意することから始まり、まだ見ぬ事柄、出合い、物質的な支援などが起こるのだ。
・・・誰もがまだ思い描いたことのない方法で。
私は、ゲーテによるこのカプレット(二行連)に、深い敬意を抱く。
「できることや夢見ることが何であれ、まずは取り掛かるのだ
大胆さには、天賦の才、力、そして魔力が備わっている。」
"The Scottish Himalayan Expedition, 1951" より引用
ウィリアム・H. マレイ (1913-1996)

写真はゲーテ
*の箇所は、キング牧師の言葉に似たものがあるように感じる。
cf. マーティン・ルーサー・キング『すべての生命は内なる世界でつながっている』
営業仕事と、スピリチュアリティの融合 [ポール・デスーザのWha-Dho (わどう)哲学]
今日から3日間の日程で、(2011年9月26日から28日)、東京ビッグサイトにて『Diet & Beauty Fair』が開催されています。この3日間は、私もオフィスを飛び出してビッグサイトにてお仕事してます。
私の平日日中の最大の集中ごと(関心ごと?)は、自社商品をどれだけ多くの人に知っていただけるかということ。製品を自ら使って良さを実感し、良いものだけをお薦めしています。(といっても、社長が高品質の「本物」だけを提供する使命のもとで開発しているため、私が試すころにはパーフェクトな商品になってて当然ですが・・・)
私の生活は、すでに無添加・オーガニック、しかもエネルギーやオーラが見える世界で生きてるので、会社や商品に悪いエネルギーが流れていたら私のどこかが拒否反応を示します。なので、使ってOKと判断する時点で、私の内に絶対的な自信が生まれています。
今、営業をしていて思うのは、営業をするには何より商品への愛と自信。それから笑顔だなと思います。すべては、善と喜びのエネルギーから発信されています。
商品を提供する際の一番の喜びは、購入を検討している方の心に触れられること。取り扱い商品が、サプリやコスメなので、買われたい方は、「より健康に、より美しく、より輝いた人生」を送りたいと願っている方が多いです。その方に、「どうやって?」という方法論を説明できるのが喜び。企業を通してだからこそ、こんなに多くの方と接触できることに感謝しています。
今回のお仕事はかなり大きなイベントであるゆえ、あらゆる面にちょっとした負荷がありました。時間、エネルギーすべてを傾けて準備をしていたけれど、その分このイベントには意味があり、これを終える頃にはまた一つトランスフォームが起こる気配を感じていました。
イベント開催前には、ブースをビジュアライズしてビジネスの成功を願ったり、善エネルギーが流れるようにブースを浄化したり。思考にはエネルギーが流れていると信じているし、誰にも迷惑かけないからやっているわけですが・・・それ以上に、エネルギーワークで私自身が元気になるので、営業にも気合いがはいりまくりです(笑)。
と言っても、社長、取締役、社員の心が一致しているので、全体がひとつになっているのは、ブースに近づいていただければわかります。明らかにそこだけ雰囲気が変わります。
そんなこんなで、1日目の4時。
ランチの時間も忘れて4時近くまでずっと営業トークしてました。とても楽しくて、話せば話すほどエネルギーが流れる。上司に、そろそろランチ行きますか?5時まで待ちますか?と言われて、即座に食べようと思い、ランチを持って休憩所に向かいました。
もう4時だというのに、休憩所は満席。相席はないかと探してみると、かろうじてひとつあったので「開いてますか?」と一声かけて座りました。
私が座ると、左隣の人が去りました。右隣に若い女性が、目の前に同年代の女性がいます。その人が大きなクリスタルを首から下げているのを私は見逃せなかった。
この二人が仲良く面白そうに話しているので、とにかく話しに入りたいわたくし関西人。話の途中で、やはり割って入れるタイミングが訪れました。
よくよく聞いてみると、二人は都内で知らない人はいないくらい有名なスパ施設のセラピストさんで、一人は現在ヒーラーの勉強をしているという。もう一人も同じくセラピストさん。かなりの大荷物なので、商材探しですかというと、遊びです、と。余裕が素敵。
そのまま話を続けていると、目の前の女性はセドナに行った際に、首から下げている大きなクリスタルを得たのだと説明してくれました。そのクリスタル、エネルギーの力は弱っていたけど、明らかになにか放ちそうな力を秘めている。
「満月の夜、月光を浴びさせてあげるとエネルギーが戻りますよ」
という話から、私が何者かの話になった。
以前は英語講師だったこと、ニューメキシコでメディスンマンと過ごしたこと、インド出身のヒーラー・ビジネスコンサルタントから指導を受けて、プラクティカル・スピリチュアリティ(実践哲学)の資格を持っていること、などを話していると、本職はなんですか?と訊かれた。
この企業、『ヒロソフィー』で国内と海外営業やってます。と答えると、それはそれは熱心にビジネスと商品の話を聞いてくれました。
最後に、「何になりたいのですか?」と質問を受けた。この質問も初対面にしてはかなり鋭い。
私は「世界平和に貢献したい」と即答、そのためにいま頑張っているのだと。考える前に口に出ていたし、それが本当に正直なところ。「今」こそが私で、今がなければ先もない。この今こそ現実がすべてでもある、と。そしてこれが等身大の私。
すると、彼女たちは、それは真実味があり、説得力があると言ってくれた。私の方が、真実味も説得力もあるのか~と感心した一瞬でした。
まさかだけれど、私が持っていたオーラソーマを使って、3人でエネルギーリセットをするという素敵な体験までしてしまいました。しかもアングラウンディングな状態の危険性をわかりつつ、セドナを再訪されているという話も聞き、彼女もオーセンティックだなと感じました。(グラウンディングしてないと、そんな大きなクリスタルを毎日持ち続けられないでしょうね)
その後、彼女たちは私が食べたいな~とうすうす感じていたデザートを買いに席を立ち、戻ってくるとそれをシェアしてくれました。なんてラッキー。その後、欲しかったアロマオイルの業者さんを紹介してくれて、なんと商品40%オフで購入!もちろん、ボディセラピストの彼へのプレゼントも♪ その後には、ヒロソフィーのブースにも立ち寄ってくれ、お二人とも商品を購入されました。
営業の仕事をしながら、私自身は心と身体でWha-Dhoを実践していきているけれど、このように正にスピリチュアルな話から営業につながっていったのは初だった。魂に正直に生きていたら、宇宙はあるべきところへ向かって動いているのだな、と感じたイベント1日目。
明日もリセットしたエネルギーで、瞬間を生きてます!
第10回 Diet & Beauty Fair @東京ビッグサイト
http://www.dietandbeauty.jp/ja/
事前登録で、入場無料
㈱ヒロソフィーは、『学っ研の、オバチャンっ♪』 で有名な、㈱学研の美容部門が2003年に独立した企業です。
http://www.hirosophy.co.jp/
社長は還暦!ブース内で、一番タフに動いていますっ![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
私の平日日中の最大の集中ごと(関心ごと?)は、自社商品をどれだけ多くの人に知っていただけるかということ。製品を自ら使って良さを実感し、良いものだけをお薦めしています。(といっても、社長が高品質の「本物」だけを提供する使命のもとで開発しているため、私が試すころにはパーフェクトな商品になってて当然ですが・・・)
私の生活は、すでに無添加・オーガニック、しかもエネルギーやオーラが見える世界で生きてるので、会社や商品に悪いエネルギーが流れていたら私のどこかが拒否反応を示します。なので、使ってOKと判断する時点で、私の内に絶対的な自信が生まれています。
今、営業をしていて思うのは、営業をするには何より商品への愛と自信。それから笑顔だなと思います。すべては、善と喜びのエネルギーから発信されています。
商品を提供する際の一番の喜びは、購入を検討している方の心に触れられること。取り扱い商品が、サプリやコスメなので、買われたい方は、「より健康に、より美しく、より輝いた人生」を送りたいと願っている方が多いです。その方に、「どうやって?」という方法論を説明できるのが喜び。企業を通してだからこそ、こんなに多くの方と接触できることに感謝しています。
今回のお仕事はかなり大きなイベントであるゆえ、あらゆる面にちょっとした負荷がありました。時間、エネルギーすべてを傾けて準備をしていたけれど、その分このイベントには意味があり、これを終える頃にはまた一つトランスフォームが起こる気配を感じていました。
イベント開催前には、ブースをビジュアライズしてビジネスの成功を願ったり、善エネルギーが流れるようにブースを浄化したり。思考にはエネルギーが流れていると信じているし、誰にも迷惑かけないからやっているわけですが・・・それ以上に、エネルギーワークで私自身が元気になるので、営業にも気合いがはいりまくりです(笑)。
と言っても、社長、取締役、社員の心が一致しているので、全体がひとつになっているのは、ブースに近づいていただければわかります。明らかにそこだけ雰囲気が変わります。
そんなこんなで、1日目の4時。
ランチの時間も忘れて4時近くまでずっと営業トークしてました。とても楽しくて、話せば話すほどエネルギーが流れる。上司に、そろそろランチ行きますか?5時まで待ちますか?と言われて、即座に食べようと思い、ランチを持って休憩所に向かいました。
もう4時だというのに、休憩所は満席。相席はないかと探してみると、かろうじてひとつあったので「開いてますか?」と一声かけて座りました。
私が座ると、左隣の人が去りました。右隣に若い女性が、目の前に同年代の女性がいます。その人が大きなクリスタルを首から下げているのを私は見逃せなかった。
この二人が仲良く面白そうに話しているので、とにかく話しに入りたいわたくし関西人。話の途中で、やはり割って入れるタイミングが訪れました。
よくよく聞いてみると、二人は都内で知らない人はいないくらい有名なスパ施設のセラピストさんで、一人は現在ヒーラーの勉強をしているという。もう一人も同じくセラピストさん。かなりの大荷物なので、商材探しですかというと、遊びです、と。余裕が素敵。
そのまま話を続けていると、目の前の女性はセドナに行った際に、首から下げている大きなクリスタルを得たのだと説明してくれました。そのクリスタル、エネルギーの力は弱っていたけど、明らかになにか放ちそうな力を秘めている。
「満月の夜、月光を浴びさせてあげるとエネルギーが戻りますよ」
という話から、私が何者かの話になった。
以前は英語講師だったこと、ニューメキシコでメディスンマンと過ごしたこと、インド出身のヒーラー・ビジネスコンサルタントから指導を受けて、プラクティカル・スピリチュアリティ(実践哲学)の資格を持っていること、などを話していると、本職はなんですか?と訊かれた。
この企業、『ヒロソフィー』で国内と海外営業やってます。と答えると、それはそれは熱心にビジネスと商品の話を聞いてくれました。
最後に、「何になりたいのですか?」と質問を受けた。この質問も初対面にしてはかなり鋭い。
私は「世界平和に貢献したい」と即答、そのためにいま頑張っているのだと。考える前に口に出ていたし、それが本当に正直なところ。「今」こそが私で、今がなければ先もない。この今こそ現実がすべてでもある、と。そしてこれが等身大の私。
すると、彼女たちは、それは真実味があり、説得力があると言ってくれた。私の方が、真実味も説得力もあるのか~と感心した一瞬でした。
まさかだけれど、私が持っていたオーラソーマを使って、3人でエネルギーリセットをするという素敵な体験までしてしまいました。しかもアングラウンディングな状態の危険性をわかりつつ、セドナを再訪されているという話も聞き、彼女もオーセンティックだなと感じました。(グラウンディングしてないと、そんな大きなクリスタルを毎日持ち続けられないでしょうね)
その後、彼女たちは私が食べたいな~とうすうす感じていたデザートを買いに席を立ち、戻ってくるとそれをシェアしてくれました。なんてラッキー。その後、欲しかったアロマオイルの業者さんを紹介してくれて、なんと商品40%オフで購入!もちろん、ボディセラピストの彼へのプレゼントも♪ その後には、ヒロソフィーのブースにも立ち寄ってくれ、お二人とも商品を購入されました。
営業の仕事をしながら、私自身は心と身体でWha-Dhoを実践していきているけれど、このように正にスピリチュアルな話から営業につながっていったのは初だった。魂に正直に生きていたら、宇宙はあるべきところへ向かって動いているのだな、と感じたイベント1日目。
明日もリセットしたエネルギーで、瞬間を生きてます!
第10回 Diet & Beauty Fair @東京ビッグサイト
http://www.dietandbeauty.jp/ja/
事前登録で、入場無料
㈱ヒロソフィーは、『学っ研の、オバチャンっ♪』 で有名な、㈱学研の美容部門が2003年に独立した企業です。
http://www.hirosophy.co.jp/
社長は還暦!ブース内で、一番タフに動いていますっ
【実証】運命の人と出逢った! [ソウルメイト・パートナー]
幸せになりたいと思うのは人として当然の感情だと思う。多くの人は、幸福、善、平和を自然的に求めて生まれてくる。それなのに、自分以外の人はどんどん幸せをつかんで、成功しているような気がする。自分だけが幸せに向かっていないように感じることがある。
幸せを掴む方法は、一つ前のブログに書いたように、本にも書いていあるし、今や誰もが知っている。なのに、なぜ自分に幸せは訪れない?(そもそも、自分にとっての「幸せ」が具体的に何かは、知っておきたい)
ある時、突然現れたWha-Dhoの志野さんとポール。彼らを含めて、輝いた人生を送っている人を、被害者意識で指をくわえて見ているくらいなら、彼らが言っていることを心から信じて、実際に行動に起こしてみようと思った。30歳を過ぎた頃。自分も輝く人生を自ら得られるのかどうかを自分で試せばいいと思った。自分のメンタルの強さもちゃんと愛してあげないと!
誰かが言う「良い人生」とか、お決まりで満点をもらえる人生よりも、自分だけの人生を歩みたい、と思ってるわりには、実際は守りにはいっていく現実があって、単なる偶然で当選済宝くじを道端で拾うことを何気なく想像する人生も送りたくない・・・とにかく受動的な人生は送りたくない。
最初から「生きることは簡単です」なんていう人はいない。誰もが大きな宿題を抱えているからこそ、地球に人間として生まれてきたと思っている(ここは『地球学校』だもの)。内容は違っても、大きな課題を持つもの同士が支え合って、高みに向かって挑戦し続ける一生・・・支え合っていきるからこそ、「地球」の「生物」なんだと思う。
そもそも行動せずにどうして夢が叶う?「叶える」というのは動詞であって、名詞ではない。だから行動しなきゃいけない。(頭で考えすぎている時ほど、自分が頭デッカチになっている事実を忘れる。)「求めよ、さらば与えられん!」
そうして、心と身体とケアし、魂の声を聴いて、新しい一瞬を生きる毎日が続いて、何年か経った今・・・
過去の失敗やネガティブな感情をカウントすることが自然となくなり、
今の自分に与えられたものや、その多さと奇跡を理解することができるようになった。
何よりも、生命を尊重して、人間や自然を大切にする気持ちが強くなった。
地球や人類とのつながりを感じる。
どうでもいいことと、大切なことの境界線が、明らかに見える。
だから、迷いがない。
この生き方を実践して、爽快で潔い生き方を知った。
今の私は、想像もしなかった仕事をして、毎日疲れるどころかますます充実して、毎日は楽しくて喜びに溢れ、すばらしい人々に囲まれている。
もちろん、今も未知なることへの恐怖や不安は訪れるし、身体に痛みもあることだって。でもそれぞれにメッセージがあることがわかるから、それを聴く姿勢を続ければ苦しむことはない。
これから何をすべきかも自然とわかる。どこで、何をして、どういう役割を与えられているのかも。
進む方向がわかると、時間・エネルギー・体力・お金の使い方もわかる。
そうして、私はこういう人と人生を共にするのだ、と自然的に相手像ができあがってくる。逆に、この人じゃないと、という具合に。そうすると彼が夢やビジョンにも出てくるようになる。お互いが出逢うシグナルが送られてくる。
そして私も、ソウルメイトと何度もビジョンで会った後に、現実にもちゃんと出逢えた。実際に再会できた時は、歩いてきた道がちゃんとつながったことを嬉しく感じて、同時に彼のことをとても懐かしいと感じた。私と彼にとって、それはあまりに自然な流れで起こった。
出逢った後には、すべての存在に感謝する気持ちが増大し、エネルギーレベルがあがった。私たちも、スピリチュアルな愛を知った人たちが進む道を行くのだと思う。あきらめずにいれば、ずっと続いて行くこの道を・・・。
今のところ、頭が知っていたつもりだった知識は、Wha-Dhoで学んだ実践方法によって、ひとつずつ確実に自分に起こっている。だから、「奇跡」を引き寄せるチャンスは誰にでもあると言える。
ひとつの魂の強い「コミットメント」があれば、引き寄せ可能です。
私も現実に証明したから![[揺れるハート]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/137.gif)
幸せを掴む方法は、一つ前のブログに書いたように、本にも書いていあるし、今や誰もが知っている。なのに、なぜ自分に幸せは訪れない?(そもそも、自分にとっての「幸せ」が具体的に何かは、知っておきたい)
ある時、突然現れたWha-Dhoの志野さんとポール。彼らを含めて、輝いた人生を送っている人を、被害者意識で指をくわえて見ているくらいなら、彼らが言っていることを心から信じて、実際に行動に起こしてみようと思った。30歳を過ぎた頃。自分も輝く人生を自ら得られるのかどうかを自分で試せばいいと思った。自分のメンタルの強さもちゃんと愛してあげないと!
誰かが言う「良い人生」とか、お決まりで満点をもらえる人生よりも、自分だけの人生を歩みたい、と思ってるわりには、実際は守りにはいっていく現実があって、単なる偶然で当選済宝くじを道端で拾うことを何気なく想像する人生も送りたくない・・・とにかく受動的な人生は送りたくない。
最初から「生きることは簡単です」なんていう人はいない。誰もが大きな宿題を抱えているからこそ、地球に人間として生まれてきたと思っている(ここは『地球学校』だもの)。内容は違っても、大きな課題を持つもの同士が支え合って、高みに向かって挑戦し続ける一生・・・支え合っていきるからこそ、「地球」の「生物」なんだと思う。
そもそも行動せずにどうして夢が叶う?「叶える」というのは動詞であって、名詞ではない。だから行動しなきゃいけない。(頭で考えすぎている時ほど、自分が頭デッカチになっている事実を忘れる。)「求めよ、さらば与えられん!」
そうして、心と身体とケアし、魂の声を聴いて、新しい一瞬を生きる毎日が続いて、何年か経った今・・・
過去の失敗やネガティブな感情をカウントすることが自然となくなり、
今の自分に与えられたものや、その多さと奇跡を理解することができるようになった。
何よりも、生命を尊重して、人間や自然を大切にする気持ちが強くなった。
地球や人類とのつながりを感じる。
どうでもいいことと、大切なことの境界線が、明らかに見える。
だから、迷いがない。
この生き方を実践して、爽快で潔い生き方を知った。
今の私は、想像もしなかった仕事をして、毎日疲れるどころかますます充実して、毎日は楽しくて喜びに溢れ、すばらしい人々に囲まれている。
もちろん、今も未知なることへの恐怖や不安は訪れるし、身体に痛みもあることだって。でもそれぞれにメッセージがあることがわかるから、それを聴く姿勢を続ければ苦しむことはない。
これから何をすべきかも自然とわかる。どこで、何をして、どういう役割を与えられているのかも。
進む方向がわかると、時間・エネルギー・体力・お金の使い方もわかる。
そうして、私はこういう人と人生を共にするのだ、と自然的に相手像ができあがってくる。逆に、この人じゃないと、という具合に。そうすると彼が夢やビジョンにも出てくるようになる。お互いが出逢うシグナルが送られてくる。
そして私も、ソウルメイトと何度もビジョンで会った後に、現実にもちゃんと出逢えた。実際に再会できた時は、歩いてきた道がちゃんとつながったことを嬉しく感じて、同時に彼のことをとても懐かしいと感じた。私と彼にとって、それはあまりに自然な流れで起こった。
出逢った後には、すべての存在に感謝する気持ちが増大し、エネルギーレベルがあがった。私たちも、スピリチュアルな愛を知った人たちが進む道を行くのだと思う。あきらめずにいれば、ずっと続いて行くこの道を・・・。
今のところ、頭が知っていたつもりだった知識は、Wha-Dhoで学んだ実践方法によって、ひとつずつ確実に自分に起こっている。だから、「奇跡」を引き寄せるチャンスは誰にでもあると言える。
ひとつの魂の強い「コミットメント」があれば、引き寄せ可能です。
私も現実に証明したから
ソウルメイトと出会うには・・・ [ソウルメイト・パートナー]
心の声を聴くようになると、どのような人生を歩むのかがわかってくる。自分の人生の進む方向がわかると、生きやすくなる。努力をしなくてよい、という意味ではなくて。
だけど、まずは「今の自分」に貢献しない、不要な情報、知識、記憶、体験など、これらを手放すことから始める必要がある。これは、始めてみると難しくない作業で、実に嫌な感情を心に閉じ込めておくほうがよっぽど身体に毒だということがわかります。
一定の時間、静寂の時間を持つだけで、自分の力でそういった不要なものごと・感情を手放すことができるようになり、より深く自分の「心」を理解できるようになる。心が穏やかに過ごせるよう、面倒を見てあげることができるのは、心の持ち主。すなわち、あなた以外いないのです。この作業こそが、迷い続けている人生に対するこたえをどんどん運んでくる。
それは、例えば小さな迷いから、人生に関わる大きな選択ことまで、あらゆることをカバーします。もはや誰かの作った、人工的な情報にふりまわされることなく、自分の人生のための、自分だけのこたえを「心」が運んでくるのです。
そして、誰でもない自分が進みたい(進むべき)人生が少しずつわかりはじめた時、一緒に歩むべきソウルメイトが見えてくる・・・・・・
と、本に書いてあります(笑)。
ソウルメイトに出会うには、まずは自分に向き合うところから始めなさいと書いてあります。
『ツインフレーム・・・』、『理想の相手・・・』、『ソウルメイト・・・』、、、様々な本があるけれど、究極つきつめれば書いてある内容は同じ。作者がそれを書けたのはなぜか?それは、彼らは心で強く願ったことを実践して、夢を手に入れたから。
数年前、ソウルメイトに出会っていない私は考えていた。自分がしていないことは何かと・・・
20代の頃、私もこんなだったような気がする・・・↓
ソウルメイトに出会いたいと思っているわりには、結構文句の多い人生を送っていたり。
あの人はスタイルがいいから成功する、私にはムリ。
あの人には天職が見つかり、私には見つからない。
あの人にもパートナーが見つかり、私には見つからない。
あの人の人生は輝いてうらやましい、私の人生とは違う。
実は自分が気になっている人たちは、自身が既に持っている課題を鏡になって映しているだけ、というのを自分はわかっていない。そもそもみんな違って当然。比べることに意味がない。自分のまわりに存在する人や物事は、様々な手法を使ってあなたが持っている問題を提示してくれているというだけ・・・。
例えば上記のぼやきは、自分に自信がない証拠であるかもしれないし、過去に起こった失敗を引き合いにして、新しい挑戦を怠っている証拠かもしれない。どこかで、人を信用すことが怖いと思っている自分がいるのかもしれない。
向き合う必要がない時は自然に任せて向き合うことはないけれど、「悩みに対してどうやら医者も友だちも誰も答えを持ち合わせてないようだ」と気づき始めたら、心と向き合う時が来ているかもしれないです。
それでも、向き合わない方がいいと思うかもしれない。長らく私もそうでした。過去の身体的・精神的な恐怖体験は、自分の内側に長くとどまればとどまるほど拡張して、自分でさえ制御できないモンスターになる。その闇が怖くて、究極的に自分に向き合うことを避けていく。無意識に、誰も自分を救えないと思いこんで、闇は自分の意識深いところに根付いていき、自分の一部になっていく。
しかし、それでも自分自身から逃げられない時はやってくる。なぜって、そこを通り越さないと、本当に幸せな人生は歩めないから。
社会的にどのような生活形態を選ぶにしても、生物学的には人でひとりで生きていけない。自分が生きてきた意味を知って、その人生を達成するためには、共に歩むべきソウルメイトの存在が欠かせないと思います。
絶対にいます。あなただけの真のパートナー。
出会うためには、自分の棚卸しからはじめることです!
だけど、まずは「今の自分」に貢献しない、不要な情報、知識、記憶、体験など、これらを手放すことから始める必要がある。これは、始めてみると難しくない作業で、実に嫌な感情を心に閉じ込めておくほうがよっぽど身体に毒だということがわかります。
一定の時間、静寂の時間を持つだけで、自分の力でそういった不要なものごと・感情を手放すことができるようになり、より深く自分の「心」を理解できるようになる。心が穏やかに過ごせるよう、面倒を見てあげることができるのは、心の持ち主。すなわち、あなた以外いないのです。この作業こそが、迷い続けている人生に対するこたえをどんどん運んでくる。
それは、例えば小さな迷いから、人生に関わる大きな選択ことまで、あらゆることをカバーします。もはや誰かの作った、人工的な情報にふりまわされることなく、自分の人生のための、自分だけのこたえを「心」が運んでくるのです。
そして、誰でもない自分が進みたい(進むべき)人生が少しずつわかりはじめた時、一緒に歩むべきソウルメイトが見えてくる・・・・・・
と、本に書いてあります(笑)。
ソウルメイトに出会うには、まずは自分に向き合うところから始めなさいと書いてあります。
『ツインフレーム・・・』、『理想の相手・・・』、『ソウルメイト・・・』、、、様々な本があるけれど、究極つきつめれば書いてある内容は同じ。作者がそれを書けたのはなぜか?それは、彼らは心で強く願ったことを実践して、夢を手に入れたから。
数年前、ソウルメイトに出会っていない私は考えていた。自分がしていないことは何かと・・・
20代の頃、私もこんなだったような気がする・・・↓
ソウルメイトに出会いたいと思っているわりには、結構文句の多い人生を送っていたり。
あの人はスタイルがいいから成功する、私にはムリ。
あの人には天職が見つかり、私には見つからない。
あの人にもパートナーが見つかり、私には見つからない。
あの人の人生は輝いてうらやましい、私の人生とは違う。
実は自分が気になっている人たちは、自身が既に持っている課題を鏡になって映しているだけ、というのを自分はわかっていない。そもそもみんな違って当然。比べることに意味がない。自分のまわりに存在する人や物事は、様々な手法を使ってあなたが持っている問題を提示してくれているというだけ・・・。
例えば上記のぼやきは、自分に自信がない証拠であるかもしれないし、過去に起こった失敗を引き合いにして、新しい挑戦を怠っている証拠かもしれない。どこかで、人を信用すことが怖いと思っている自分がいるのかもしれない。
向き合う必要がない時は自然に任せて向き合うことはないけれど、「悩みに対してどうやら医者も友だちも誰も答えを持ち合わせてないようだ」と気づき始めたら、心と向き合う時が来ているかもしれないです。
それでも、向き合わない方がいいと思うかもしれない。長らく私もそうでした。過去の身体的・精神的な恐怖体験は、自分の内側に長くとどまればとどまるほど拡張して、自分でさえ制御できないモンスターになる。その闇が怖くて、究極的に自分に向き合うことを避けていく。無意識に、誰も自分を救えないと思いこんで、闇は自分の意識深いところに根付いていき、自分の一部になっていく。
しかし、それでも自分自身から逃げられない時はやってくる。なぜって、そこを通り越さないと、本当に幸せな人生は歩めないから。
社会的にどのような生活形態を選ぶにしても、生物学的には人でひとりで生きていけない。自分が生きてきた意味を知って、その人生を達成するためには、共に歩むべきソウルメイトの存在が欠かせないと思います。
絶対にいます。あなただけの真のパートナー。
出会うためには、自分の棚卸しからはじめることです!
「自然」に生きることのススメ [ポール・デスーザのWha-Dho (わどう)哲学]
ファストフードやコンビニ食(食品添加物)を辞めて10年以上、玄米食になって5年くらい。日常の食事は有機野菜中心にして、できるだけ添加物はとらないようにもしている。有機畑で働いたり、味噌も手作りして、限りなく自然に近いものを採る生活を心がけている。歯磨き粉やシャンプー、コスメも無添加。髪のカラーリングやパーマも辞めて久しい。緑あふれる自然が好きだから、環境を破壊しすぎないようにはしたい。(既に都会生活でいろんなところで自然を犠牲にはしているけれど・・・)
と言っても、そんなストリクトになっているわけではなく、ただ、日常生活で自然に近いものに触れている方が、毎日の体調が良いと思うから続けているだけ。何でもやりすぎる・やらなすぎると不調が出てくるけれど、上手い具合にバランスが取れているとずっと穏やかな体調でいられる。
しかも、現職で取り扱っている商品もできるだけ自然に近いもの。なので、ある意味、私で人体実験ができるわけです。私が使って何かの不調が出れば、それは改良の余地があるっていう基準にもなるから。
食生活に関しては、たとえ帰宅が遅くても、週末にある程度準備しておけば、1週間毎日手作りの食事(&お弁当)が食べられる。いわゆる粗食、だから調理時間もそんなに要らない。どんな食材を、どれくらいの量採ればいいかわかっていると、昼食後に眠くなるということもない。食作り時間の確保、食べる食材・内容、食べる時間帯・・・などなど、社会的に制限される部分もあるけれど、自分に合うライフスタイルや食生活を続けて元気な身体をつくることは、充実して生きるための大基盤だと思う。
そして心。心は身体のコンディションが良くなることをとても喜んでいる。身体がよくなってくれば、心が本当は「こうしたい」「あぁしたい」と常々思っていることを「私」に向けて発信してくれる。しかも、体調がよければ、その「声」を実行することも可能。
逆に体調がよくなければエネルギーが滞り、心も黙り込んでしまう。だから、食と同じくらい必要なのが、静寂の時間。身体のケアすると同時に、頭を休ませ、心を解放してあげることが必要ですね。頭で理詰めばかりにしていると、心の出番は全くなくなってしまう。自分の人生をどう生きるかのキー・ステーションは、心だというのに。。。
瞑想は、奇跡の地球に生まれた「人間」という生命体全体に与えられた「自然」に近づく大切な時間・・・だと一部の物理学者、ダライ・ラマやあらゆる成功者も話している。私もそう思う。
そもそも、自分はひとつで、身体と心を切り離すことはできない。身体と心が同調していないと、不具合が生じてくる。例えば、パソコンの電源を落としたいのに、「絶対電源は落とさせない」と言って無理に動かしていると不具合が生じるのに少し似ているかもしれない。でも、この不具合は、人の場合はもっとやっかい。だって、人は「心」を持っている生きものだから。
大切にしてあげないとね、心の声。
インドに修行に行かなくても、ハワイに逃避しなくても、仕事が終わった夜にできるんだよ。
それは、人生を変えるパワーを持っている・・・といっても、実は変わった後の人生が、本来あなたが歩むべき本当の人生だったりするんだけど。
キーワードは「瞑想」!
と言っても、そんなストリクトになっているわけではなく、ただ、日常生活で自然に近いものに触れている方が、毎日の体調が良いと思うから続けているだけ。何でもやりすぎる・やらなすぎると不調が出てくるけれど、上手い具合にバランスが取れているとずっと穏やかな体調でいられる。
しかも、現職で取り扱っている商品もできるだけ自然に近いもの。なので、ある意味、私で人体実験ができるわけです。私が使って何かの不調が出れば、それは改良の余地があるっていう基準にもなるから。
食生活に関しては、たとえ帰宅が遅くても、週末にある程度準備しておけば、1週間毎日手作りの食事(&お弁当)が食べられる。いわゆる粗食、だから調理時間もそんなに要らない。どんな食材を、どれくらいの量採ればいいかわかっていると、昼食後に眠くなるということもない。食作り時間の確保、食べる食材・内容、食べる時間帯・・・などなど、社会的に制限される部分もあるけれど、自分に合うライフスタイルや食生活を続けて元気な身体をつくることは、充実して生きるための大基盤だと思う。
そして心。心は身体のコンディションが良くなることをとても喜んでいる。身体がよくなってくれば、心が本当は「こうしたい」「あぁしたい」と常々思っていることを「私」に向けて発信してくれる。しかも、体調がよければ、その「声」を実行することも可能。
逆に体調がよくなければエネルギーが滞り、心も黙り込んでしまう。だから、食と同じくらい必要なのが、静寂の時間。身体のケアすると同時に、頭を休ませ、心を解放してあげることが必要ですね。頭で理詰めばかりにしていると、心の出番は全くなくなってしまう。自分の人生をどう生きるかのキー・ステーションは、心だというのに。。。
瞑想は、奇跡の地球に生まれた「人間」という生命体全体に与えられた「自然」に近づく大切な時間・・・だと一部の物理学者、ダライ・ラマやあらゆる成功者も話している。私もそう思う。
そもそも、自分はひとつで、身体と心を切り離すことはできない。身体と心が同調していないと、不具合が生じてくる。例えば、パソコンの電源を落としたいのに、「絶対電源は落とさせない」と言って無理に動かしていると不具合が生じるのに少し似ているかもしれない。でも、この不具合は、人の場合はもっとやっかい。だって、人は「心」を持っている生きものだから。
大切にしてあげないとね、心の声。
インドに修行に行かなくても、ハワイに逃避しなくても、仕事が終わった夜にできるんだよ。
それは、人生を変えるパワーを持っている・・・といっても、実は変わった後の人生が、本来あなたが歩むべき本当の人生だったりするんだけど。
キーワードは「瞑想」!
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